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smkのプロフィール

遅ればせながら、私のプロフィールを書いてみました。

 

大学卒業後、外資系航空会社に憧れてアメリカ留学。

そこで米系航空会社のインターンに合格するも、辞退して帰国。

キャリアのスタート

大きな挫折を味わった24歳。

航空会社で働く夢をアメリカに置いて帰国した私、何かしなくては!と焦っていたところ、運よく外資系金融機関で仕事が決まり、働き始めることになりました。

程なくして一人暮らしも開始。

品川、家賃15万円

お部屋はそれほど広くはなかったけれど、新築の高層マンションは会社にも近く、快適で立地よし!

仕事も楽しく、プライベートも充実した毎日、でもこの生活は長くは続かなかったのです(理由?!堪え性がなかったからでしょうか)。

退職後はしばらくフラフラーな生活。

 

西海岸&NYは10回くらい

香港は10回くらい

退職後は2ヶ月サンフランシスコ

人生で一番海外旅行に行っていた時期がこの頃。

そういえば、留学から帰ってからももう一度留学する夢を持っていました。働く方が楽しくていつしか忘れてしまったけれど。

人生で一番働いた時期

暫くブランクが空いて、30歳で転職した外資系金融機関はとにかく忙しかったです。

景気も良くてボーナスも良かった、そんな会社(笑)。

屋形船でお花見、社員旅行はハワイ、こんな景気がいい会社は後にも先にもないです。

当時のスケジュールはこんな感じで、忙しい時は25時まで働く日々が続くこともあったけれど、休みなんていらない!とひたすら働いていました。

3年働いて、この会社での自分の限界を感じて(やっぱり堪え性がないのですよ)転職活動を始めると、トントン拍子に決まり、3つ目の外資系金融機関へ。

人生はジェットコースター

新しい会社ではチャレンジングな日々、今振り返ってもこの時は気持ちに余裕がありませんでした。

そんなある日、前の会社のメンバーとの食事会があり、そこでひとりの男性と出会うのです。

出会って3ヶ月で婚約、その2ヵ月後には結婚。

この先ひとりかもしれない」と覚悟していた私に、ようやく春がやってきました!

仕事も結婚も手に入れ、幸せな日々がこの先も続くと思っていた矢先、会社が破綻(しかも結婚式6日前)。

2008年9月、結婚式を終えた日、世界第5位の証券会社は国内第1位の証券会社に買収されました

初めて働く日本の会社は色々とカルチャーショックもあったけれど、当時は他に仕事がなかったので、ここで頑張るしかない!と奮闘。

 

この時一人の上司と出会うのです。

破綻した会社から同じ部署だった女性で、プライベートオフィスから出てくるたびに、

「綺麗な人だなー」

と見惚れてい人。

きっと彼女との出会いがなかったら、この後同じ会社で9年も働くことはなかったのかもしれない。

私が天職としてこの仕事をすることもなかったのかもしれない。それ程、私の人生に大きな影響を与えてくれた人です。

引き続き、ジェットコースター人生

2014年、人生で一番仕事が充実していた時、待望の赤ちゃんを授かり、結婚7年目で出産

仕事がしたくなり、予定を半年早め、息子が1歳半の時に仕事復帰しました。

でも思うような仕事ができなく、その年の人事評価はこれまでの中でワースト1。その時の自分の状況を例えるなら、戦力外通告寸前の野球選手のようでした。

そんな中知らされる母の病気、2017年の春のことです。

仕事のこと、母のこと、色々悩んでいたら体が不調に。心身ともに病んでしまったのです(自分はもっとタフな人間だと思ったけれど、そうではなかったことに気付く)。

 

すぐに退職し、入院する母の病院通いが続きましたが、2ヵ月もしないうちに母が他界

母に何もしてあげられなかったこと、自分の無力さを痛感。ただただ後悔する毎日で、辛かったです。そんな中でも少しずつ前向きになれたのは、家族や友人の支えがあったから。有難いです。

 

ここで大問題が!

退職後は母の看護で認可保育園に預け続けようと思っていたのが、母が亡くなり、無職の私には預ける資格がなくなってしまったのです。

区役所に電話すると、

「アルバイトでもいいので、2ヵ月で仕事を見つけてください」

と。

無気力のまま1ヶ月くらいが過ぎたある日、金融機関を退職して起業したばかりのママ友から誘われて、会社を手伝うことに。

こうしうて息子は幼稚園入園まで同じ保育園に通い続けることができたのです。

ライフステージの変化を楽しもう

翌年の4月から子供が幼稚園に通い始めると、120%子供中心の生活になりました。

ママ友の会社を手伝いながら、幼稚園生活がスタート。

夏休みになると、息子と24時間の生活が始まり、仕事ができないことに凹んだりもしましたが、

「今は仕事より息子との時間を大切にしよう」

と気持ちを切り替えたら、この生活も楽しめるように長期休暇になると母子旅に出るのがお決まりになりました。

そして思いがけず仕事復帰、外資系金融機関で働き始めることになったのです。

勤務時間は1日4時間、幼稚園がお休みの日は出勤なし

こんなに融通が利く仕事は他にありません!

少し前まで仕事したくてもそれが叶わずにいたのに、諦めたらチャンスがやってくる。

やっぱり欲しいものは願ってはいけないのです。

仕事を辞めました

2019年7月、週3出勤の仕事に加えて、子育て、バザー幹事、幼稚園行事、家事に追われ、会社を辞めました

幼稚園ママが延長保育なし、家族の助けなしで会社勤めするのは、楽ではないです。

たった9ヶ月、もう少し働きたかったけれど仕方ない。

少し先の自分の将来を考えても、このタイミングで辞めて一度リセットするのがベストと判断しました。

さて、これからまた人生の立て直しです。

 

軽井沢スローライフ

2020年2月末、コロナで突然の幼稚園休園で、軽井沢へ。

正直、いろいろな人間関係に疲れていた私にとって、これ以上ないベストなタイミングでその環境から逃れられたことはラッキー。

Stay Homeもハッピーな時間でした。

もともと根暗なので、知り合いもいない別荘地に毎日子供と2人で生活することに、何の寂しさも不安もストレスもないまま、冬が終わり春が来て夏が来て、あっという間に半年。

このまま一生軽井沢でもいいかもと思ってたくらい。

 

Withコロナ(←今ここ)

幼稚園の2学期が始まるタイミングで東京へ。

感染者はそこそこ落ち着いているし、1学期はほとんど幼稚園行っていない&冬になったらまた行けなくなるかもしれないから、行ける時に行かせておこうという判断で戻ってきました。

 

軽井沢スローライフがすっかり日常になっていた私にとって、今度は東京ライフが新鮮に。

東京に戻るのが億劫だったのが嘘なくらい楽しんでます。

ゆる~く、仕事もしてます。

(プロフィールは随時更新中)

 

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